濁り

今月、実家に帰っていた。

 

世界がちっぽけに見えた。これまで美しいと思っていたものに心動かされなくなったし、信じていたものに無関心になっていった。でも犬は可愛かった。

 

これまではそんな自分が大嫌いだったから全力で否定していた。そうあれば理想の自分に近づけると思ったから。だけどそれが原因で病むことがあったのと色々と一区切りがつき否定する理由が見つからなくなったから受け入れてみよう、となった。

 

今までで1番複雑だった。今までは白と黒がありふれていたけど、今は鼠色まみれ。

 

好きなもの嫌いなものどちらにもある種平等になった結果、より好きなものが見つかったしより嫌いになったものもあった。

 

ただ、その分多くのことに心が動かなくなってきたと思う。まるで視界が濁っているようだった。

 

学生時代を捧げたイベントの開催が先程発表された。

予定が合わない可能性が高く、見送ろうかなと思っている。

その選択をした際に悔しいとか悲しいとか、そんなことよりもただやらない自分に驚いたし、感情の起伏が小さいことに何よりも驚いた。あんなに大好きだったはずなのに。選ばない選択をした際その重さを噛み締めて名残惜しさから大泣きする様な人間であった筈なのに。

 

こんな感情を抱く自分に怒りや悲しみではなくやるせなさが押し寄せてくる。

 

これが大人になるってことだとしたら嫌だな。濁ってる自分を否定するために嫌いだった自分を美化しているようで。

 

これからの人生はこの行き場の無い浮ついた気持ちで臨むのことになるのだろうか。ただ虚しい。

 

 

 

でもコンプレックスはコントロールのフィニッシャーというよりはコンボデッキの着地点だということを今日知れた。思っていたよりも攻撃的なカードだった。

 

ムザルミ=ブーゴはめちゃくちゃなカードだった。バカすぎる。たまにゲンムがムゲンクライムでも出る。

 

そんな感じで今の自分でも感情が動く瞬間はどこかにある筈だからそれを見つけていきたい。